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おにの初めて

 

 むかしむかし、大きな山の中に、一人のおにが住んでいました。
 おには、おなかがすくと、山にいる動物たちを食べていました。
「今日は鳥を食べよう」
 木の上にとまっている鳥を食べると、鳥が空を飛んでいたときの気持ちよさが口の中をさわやかに通りぬけていきました。
「今日はしかを食べよう」
 がけの上に立っているしかを食べると、しかが軽やかに走っていたときの楽しさが、花のかおりのように口の中に広がりました。
「今日は何を食べようかな」
 おにが山の中を歩いていると、ふもとの方から話し声が聞こえてきました。木のかげからそっとのぞいてみると、そこにはおにが見たことのない動物がいました。人間でした。
「ようし、試しに食べてみよう」
 おには木のかげから飛び出し、人間を追いかけてつかまえると、頭からばりばりと大きな音をたてて食べてしまいました。
「おお、これはうまい」
 人間は、今まで食べてきた動物たちよりもずっと複雑な味でした。人間はほかの動物よりもいろいろなことを考えたり、感じたりしていました。特にだれかを好きだと思う気持ちは、おかしのようにあまい味がしました。
「ようし、また食べよう」
 おには山を下り、人間を次から次へと食べていきました。子どもの元気さ。女の人の優しさ。男の人の勇ましさ。どれもおににとって初めて食べる味でした。おには人間を食べるのが楽しくてしかたがありませんでした。
 でも、人間を食べていくうちに、少しずつおにの心に悲しい気持ちも増えていきました。
 特に、だれかが死んでしまったときの悲しさは、なみだのようにしょっぱい味でした。
 おには毎日人間を食べていましたが、ある日「大好きな人をおにに食べられてしまったときの悲しい気持ち」を食べてしまいました。 
「何てひどいことをしてしまったのだろう」
 おには、なみだを流しながら人間の里から山の中へもどっていきました。
 山にもどってからも、大切な人がいなくなってしまった悲しみを知ったおには、どんな動物も食べることができませんでした。  おには、少しずつやせていきました。
 おなかをすかせたおにが、自分の家で横になっていると、遠くから何かの泣き声が聞こえてきました。とてもか細い泣き声でした。
「食べるつもりじゃないんだからな」
 おには家を出て泣き声の方に歩いていきました。山のおくから聞こえてくるようでした。
「赤ちゃんだ」
 切りかぶの上で、一人の人間の赤ちゃんが泣いていました。まわりにお父さんもお母さんもいませんでした。
 おには大きな手でそうっと赤ちゃんをだきあげました。少しでも力を入れたらこわれそうだと思ったのです。赤ちゃんはおにと同じくらいやせほそっていました。
「お前は、お父さんとお母さんに捨てられてしまったのだね」
 おには、やせほそった赤ちゃんがかわいそうでなりませんでした。そこで、牛にたのんで、牛にゅうをわけてもらいました。
「最近なにも食べていないんだってね。だいじょうぶかい」
 おには今までたくさん牛を食べてきました。だから牛にうらまれているのだろうと思っていました。でも、牛は優しく、赤ちゃんの分とおにの分の牛にゅうをわけてくれました。
「たりなくなったら、いつでもおいで」
「ありがとう」
 おには、牛にお礼を言いました。
 赤ちゃんは牛にゅうを飲むと、ねむくなってきたようでした。おには、鳥の歌を思い出して、赤ちゃんに歌ってあげました。
「それじゃあ赤ちゃんが起きちゃうよ。もっと優しく歌ってあげなくっちゃ」
 木の上から鳥たちが歌のお手本を聞かせてくれました。鳥と同じようにおにが歌うと、赤ちゃんはすやすやとねむりました。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 鳥たちは、赤ちゃんのまわりを飛び回ったあと、どこかへ行ってしまいました。
 おには、人間の気持ちで、赤ちゃんを大切に育てました。赤ちゃんはすくすく育ち、優しくてかわいらしいむすめさんになりました。
 ある日、むすめさんはおにに言いました。
「おにさんは、私のお父さんね」
 にこにこわらって言うむすめさんの言葉を聞いておには、大きな声をたてて泣きました。 
「どうしたの。悲しいことがあったの」
 動物たちとむすめさんが、おにをしんぱいしました。 
「ちがうんだ、ちがうんだよ」
 おには初めて、他の人のものではない、自分だけのうれしい気持ちを感じたのでした。 


2013.05.22 1748文字